岩国寿司

山口県岩国の郷土料理

「岩国寿司」は寿司木枠の下にチシャなどの葉を敷き、その上にほぐした魚の身を混ぜた寿司飯を敷き詰め、その上に錦糸卵、蓮根、椎茸、春菊、でんぶなどをのせ、更にその上にチシャの葉を敷いて同じ様に寿司飯と具材を何層にも重ねて作る押し寿司です。山口県岩国市の郷土料理ですが、錦帯橋付近の料理屋や旅館では観光客向けに「岩国寿司」が提供されているので旅の途中で食べることもできます。また、郷土料理として地元では冠婚葬祭には欠かせない料理として家庭でも作られる事も多いですが、地元のスーパーや惣菜店でも普段の食事として気軽に利用できます。見た目はちらし寿司の様ですが、元々は保存食として押し寿司として作られたので、何層にも重ねた後に重石をのせてしっかりと押します。

By: gtknj

 

豪快な「岩国寿司」

「岩国寿司」は見た目も鮮やかですが、なんといってもその特徴は作る量にあります。「岩国寿司」は何層にも重ねた押し寿司ですが、あまり重ね過ぎると潰れてしまうので最大でも5層位にとどめています。1層には1升(10合)の米を使うのが正式な「岩国寿司」の分量なので、5層ともなると5升の米を炊くことになります。1合で2人前とすると1升で20人前、5升で100人前にもなります。しかしながら、さすがに100人前は多過ぎるので中々これだけの量を作る機会は少ないです。料亭や旅館では重ねた寿司を作る事もありますが、それでも料理として提供する場合には一層だけで1人前に切り分けた寿司が出される場合が多いです。

 

「岩国寿司」の由来

「岩国寿司」は藩政時代、初代藩主の吉川広家が料理番に命じて作らせた保存食として誕生しました。岩国藩の拠点となる岩国城は山の上にある山城で、水が入手しづらく料理にも工夫が必要でした。戦があるなしに関わらず武士として日頃から戦の準備は必要で、籠城戦の可能性を想定して食糧としては保存性のあるものが不可欠でした。藩に仕える武士は岩国城に出仕する際には必ず「岩国寿司」を持参したといわれており、日頃から武士の心得として万が一の事態に備えていたと考えられています。「岩国寿司」は岩国藩の殿様が作らせ、当初は武士の間でしか食べられなかった事から「殿様寿司」と呼ばれました。明治時代になってからようやく武士以外の人々にも食べられるようになり、岩国の郷土料理として普及していきました。

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