焼きまんじゅう

上州名物「焼きまんじゅう」

「焼きまんじゅう」は蒸した饅頭を竹串に刺して甘い味噌ダレを塗って焼いて焦げ目をつけた群馬県の郷土料理です。「焼きまんじゅう」の産地は群馬県の前橋市、伊勢崎市、桐生市、太田市、館林市などが有名ですが、群馬県の郷土料理といえば「おっきりこみ」、「生芋こんにゃく料理」と「焼きまんじゅう」は欠かせません。饅頭といっても餡が入っていない「素まんじゅう」が基本ですが、餡が入った饅頭もあります。「素まんじゅう」前もって蒸してあるので、食感はもっちりというよりふんわりとしたパンを食べているようで、焼く事によって外側はカリカリになります。黒砂糖や水飴で甘くした味噌ダレが焼く事によって香ばしくなり、焦げ目のついたまんじゅうが食欲をそそります。


焼きまんじゅう / Dai44

しかし、「焼きまんじゅう」は焼き立てのアツアツで食べれば美味しいのですが、冷めてしまうと水分が抜けて固くなってしまい、あまり美味しくありません。もちろん、「焼きまんじゅう」を出す店は数多くあって、中には冷めても美味しいものもあると思いますが、全体的には焼き立てのアツアツの方が断然美味しい事は間違いありません。ですから、お土産店でも通信販売で購入する場合でも焼いたものを販売しているのではなく、自宅へ持ち帰って焼いてもらう様に「素まんじゅう」と「味噌ダレ」が別々になっていたりします。

 

 「焼きまんじゅう」の由来


焼きまんじゅう / hildgrim

「焼きまんじゅう」の由来は諸説ありますが、歴史は江戸時代まで遡ります。1857年(安政4年)に創業した原嶋屋総本家は小麦粉ともち米を材料に自家醸造したどぶろくを発酵ダネにしてまんじゅうを作り、味噌を塗って焼いて売り出しました。当時は砂糖や水飴は高価なので味噌のみで味付けして焼いたので全く甘くはなく、「味噌つきまんじゅう」として販売したようです。原嶋屋創業時はまだ江戸時代で士農工商の身分制度があった為に商人の様に店を構える事はできず、祭りの出店や屋台、そして行商として商いを始めました。明治時代になってからは身分制度は撤廃されたので、前橋に「焼きまんじゅう」の店を構える様になりました。店を構える様になってからは黒砂糖などで甘くした味噌ダレを塗って焼いて販売しています。又、沼田市の東見屋饅頭店は原嶋屋より先の1825年(文政8年)に創業しています。東見屋では「味噌まんじゅう」、「あん入り味噌まんじゅう」、「辛味噌まんじゅう」の3種類を販売しています。創業当時から自家製の酒種を使って饅頭の生地を作っており、注文を受けてから焼いてくれるので、焼き立てのアツアツを食べる事ができます。また、伊勢崎市上蓮街の忠治茶屋は江戸時代の侠客「国定忠治」にゆかりのある焼き饅頭店です。関所破りをして磔になった忠治が隠れ住んでいた西野目宇右衛門宅が解体される際に、忠治茶屋の店主がその資材を譲ってもらって建設したのが現在の忠治茶屋です。忠治にはどぶろくを土産に貰った際に小麦粉と混ぜて持ち帰ったとの逸話もあり、同店は「国定忠治の焼きまんじゅう」と銘打って販売しています。

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